義足のモデル海音(あまね)のインスタ画像が可愛い!何の病気で右足切断はいつ?キッズモデルの経歴も!

東京オリンピックの閉会式で、日の丸の国旗を持って登場した義足のモデル海音(あまね)さんがかわいいと話題です!

こちらの記事では、義足のモデル・海音さんについて

  • 可愛いインスタの画像
  • 病気の原因や右足を切断した時期
  • キッズモデル・アイドルとしての経歴

という内容でまとめました!

まずは、義足のモデル・海音さんの可愛いインスタの画像からみていきましょう!

義足のモデル海音(あまね)が可愛い!

東京オリンピックの閉会式に、義足のモデル海音さんが国旗を持って登場すると、可愛いと話題になっていました!

実際に、Twitterでは、義足のモデルの海音(あまね)さんが可愛いと話題になっていました!

海音(あまね)さんはインスタも、可愛いと言われています!

義足のモデル海音のインスタ私服画像も可愛い!

こちらが、義足のモデル・海音さんのインスタの可愛い画像です!

この通り、私服姿もめちゃくちゃ可愛いです!

スタイルも抜群ですし、何より顔面がお強い!!!可愛すぎます!

そんな可愛い海音さんが、右足を切断して義足になったきっかけについても調査してみました!

義足のモデル海音の病気は何?

海月のプロフィール画像

引用:OTEKOMATI

義足のモデルの海音さんは、2014年に難病の多発性血管延焼肉芽腫症を発症し、12歳の時に右足を切断しています。

12歳の時に、原因不明の病状が海音さんを襲い、よく倒れるようになったり、鼻血が頻繁に出たり、関節が痛くなったりという症状が現れ、体重が激減したと言います。

1年近く入院をし、ようやく血管の難病だということがわかったそうですが、時はすでに遅く、右足の指が壊死したため、脚は切断せざるをえなくなりました。

義足って、普段見慣れない方が多いと思いますが、閉会式にさんかして堂々と歩いている姿はとてもかっこよく、義足と気づかなかったという方が多くいました!

私自身も閉会式を観ていましたが、解説者の方に義足のモデルであることを紹介されるまで全く気づきませんでした。

どうやら、海月さんは幼少期からキッズモデルとして活動していたようです!

義足のモデル海音のモデルの経歴は?

海音(あまね)のプロフィール

海音さんは2001年に大阪市に生まれました。

5歳の時にアパレルショップの店員に声をかけられて、キッズモデルとして活躍を開始しました。

当時、キッズモデルとして活動していた際のプロフィールがこちらになります。

  • 名前:矢野海音
  • 生年月日:2001年10月15日
  • 好きなお菓子:ドライマンゴー・いかの足・ポリポリ納豆・昆布(*^^*)
  • 嫌いな物:生クリームのいっぱいのってるケーキ・ナッツ
  • 好きな芸能人:いけのめだかさん・吉川ひなのさん・青山テルマさん

キッズモデルとして活躍

義足のモデルの海音(あまね)さんは、5歳から12歳までキッズモデルとして、アパレルブランドの広告や、雑誌の表紙を飾っていました。

こちらが、海音さんが1歳の頃の可愛い画像です!

幼少期からキッズモデルとして活動するほど、愛嬌があり可愛いことがわかりますね!

小学生の頃は、ギャルに憧れていたと言い、その頃からオシャレをするのが好きだったそうです!

アイドルとして活動

義足のモデルの海音(あまね)さんは、アイドルとしての活動していた時期もありました。

海音さんが所属していたのは、「CUTE×BEAT」というアイドルグループと思われます。

「CUTE×BEAT」は、大阪を中心に活動していたアイドルグループで、歌って、踊ってお芝居もする10代前半の女の子達によるユニットでした。当時は、舞台・イベント・ラジオなど幅広く活動していたのです。

義足モデルとして活動

義足のモデルの海音(あまね)さんは、2019年にモデル活動再開し、2020年から義足のモデルとして活躍しています。

海音さんは、当初2020年8月25日の東京オリンピックの開会式が行われる予定だった日に、義足の女性たちによるファッションショー・切断ヴィーナスのファッションショーに参加しました。

それまで、海音さんは、義足であることを友人や親戚に秘密にしていたと言い、ワイドパンツやロングスカートをはいて座った時にはブランケットをかけるなど、周囲にも気づかれないようにしていました。

義足ということを隠して生活していたと言いますが、2020年の義足のファッションショーに出演し、気持ちが吹っ切れて義足であることを隠さずにいられるようになり、心が楽になったと言います。

海音さん|「いろんな人に、『かっこいい!』と言ってもらえたことがすごくうれしかったです。“かわいそう”じゃなくて、“かっこいい”だったことが心に残っています。すごく吹っ切れました!」

(引用:東京2020オリンピック )