箱根駅伝で注目されている順天堂大学の新人ルーキー三浦龍司選手!
小学生時代から恩師と慕う陸上の先生がいました。
長距離を始めるきっかけとなったのは恩師の言葉だったとの噂も?
恩師である上ケ迫定夫さんとは一体どんな方なのでしょうか?
今回は、
- 三浦龍司選手と恩師・上ケ迫定夫さんとの出会いは?
- 三浦龍司の恩師・上ケ迫定夫はどんな人?
- 三浦龍司に恩師・上ケ迫定夫がかけた言葉とは?
についてまとめました。
三浦龍司と恩師・上ケ迫定夫の出会いは?
三浦龍司さんと恩師である上ケ迫定夫さんとの出会いは、浜田ジュニア陸上教室でした。
島根県浜田市に生まれた三浦龍司さんは、小学生になって浜田ジュニア陸上教室に通い始めた。
浜田ジュニア陸上教室は、
- 楽しく運動に親しみながら,体力の向上や運動への関心を高める。
- 各種大会での好成績を目指し,浜田市内小学生の競技力の強化を図る。
- 練習を通じて,仲間づくりをしたりマナーを身につけたりする。
をモットーにしており、遊びの延長線で色々な競技をする中で、一人一人に合った個性を見つけ伸ばしていける場所と言われています。
三浦龍司の恩師・上ケ迫定夫ってどんな人?
三浦龍司さんの恩師である上ケ迫定夫さんは、「上ちゃん」との愛称で子供たちから親しまれ、底抜けに明るい人柄だと言われています。
上ケ迫定夫さんは、大阪体育大学を昭和51年に卒業しています。
過去の陸上経歴を調べてみたのですが、名前で出てくるものはありませんでした。
現在は、浜田市陸上競技協会強化部長として活躍されています。
2020年3月に順天堂大学で寮生活を始めようとした三浦龍司さんが、新型コロナウイルスの影響で活動自粛となり、故郷の島根に戻ることになった際には、上ケ迫定夫さんが一緒に練習をサポートしてくれたといいます。
島根での一人きりでの練習を手伝い、心の支えとなってくれた事で頑張れた部分は大きかったようです。
幼少期から三浦龍司さんを見守ってきた上ヶ迫さんは、三浦龍司さんにとって親と同じような感覚であると話すほど、親しい関係であることがわかりました。
三浦龍司に恩師・上ケ迫定夫がかけた言葉とは?
三浦龍司は恩師・上ケ迫定夫に長距離を進められた!
三浦龍司さんに長距離を進めたのが上ケ迫定夫さんだったと言われています。
上ケ迫定夫さんは、小学生の頃から長距離走が得意だった三浦龍司さんの素質を見出して、3000m障害を勧めました。
3000m障害という種目が正式種目として実施されるのは高校からですが、その言葉を信じて陸上に励んできた三浦龍司さんは、高校生になり3000m障害で30年ぶりに高校記録を更新。
従来の記録は1989年9月に櫛部静二(現・城西大監督)がマークした8分44秒77であったが、三浦龍司さんが8分39秒49へと塗り替えました。
まだ小学生だった三浦龍司さんの走りを見て、長距離選手としての可能性を感じていた上ケ迫定夫さんの鋭さはさすがです!
三浦龍司の箱根駅伝出場に恩師・上ケ迫定夫がエール!
初出場の箱根駅伝で1区を走ると言われている三浦龍司さんに対して、恩師・上ケ迫定夫さんが言葉を送っていました。
「注目されて区間賞取って当たり前というのはしんどいと思う。だけどそこまでの選手になってしまったので頑張るしかない。最後までタスキを渡して欲しい」
1年生ルーキーでありながらも、過去の記録から期待が高まりプレッシャーがある中での走りになります。
しかし、それだけの素質があるんだからやるしかない!という恩師らしい応援の仕方のように思います。
三浦龍司さんの活躍を喜び、誇りに思っているようにも聞こえますね。
三浦龍司選手の箱根駅伝での走りや、これからの陸上での活躍に注目です!